glenngouldさんの旅行記
テーマ:ボランティア
旅行記タイトル:国境にひっそりと佇む 幻の大遺跡
旅行期間:2004/09/〜2004/09/

旅行記の内容:タイとカンボジアとの国境に位置し、カンボジアの「アンコール・ワット」とならび称されるほどの規模と壮大な景観を持ちながらも、両国間の戦争の悲しい歴史に翻弄されてしまった幻の大遺跡『カオ・プラヴィーハン』・・・
日本のNPO法人『人道目的の地雷除去支援の会』(JAHDS)が主体となり、タイとカンボジア両政府、軍の連携の下、遺跡内部および周辺の対人地雷除去作業が行なわれてきました・・・
写真:タイとカンボジアとの国境に位置し、カンボジアの「アンコール・ワット」とならび称されるほどの規模と壮大な景観を持ちながらも、両国間の戦争の悲しい歴史に翻弄されてしまった幻の大遺跡『カオ・プラヴィーハン』・・・
日本のNPO法人『人道目的の地雷除去支援の会』(JAHDS)が主体となり、タイとカンボジア両政府、軍の連携の下、遺跡内部および周辺の対人地雷除去作業が行なわれてきました・・・
ゲートが開くと同時に、カンボジアからタイ側へは、たくさんの野菜や果物などの商品をいれたかごを頭に載せた人たちが、我先にと他人を押しのけ押しのけなだれ込む。
急ぐのは早いもの順で市場のいい場所が埋まってしまうため。
彼らは肌が浅黒く、体つきや顔つきは厳しく、表情は必死だ。
逆にタイからカンボジア側へは温和で、栄養が良く体格はしっかりしている。
タイでは禁じられているカジノに遊びに行くので、表情も豊か。
この両国の経済、生活環境がまざまざと見えた瞬間だった。

旅の最初に立ち寄った街。
タイ東南部カンボジアとの国境「アランヤプラテート」。
ここは毎日毎日マーケットが開かれます。
毎朝7時になると、タイとカンボジアとの国境のゲートが開きます。
これはゲートが開かれる直前。
手前がタイ側、奥がカンボジア。
奥のゲートには開門を待つカンボジア人がびっしりと張り付いている。

マーケットの風景。
野菜、果物、などから服飾品、電化製品まで、何でも並ぶ。
ほんとに活気がある。
人はエネルギーに溢れている。
昔の日本もこんな感じだったのかなーなんて思ったりする。

スリンへと国境を北上し、途中で訪れたクメール遺跡、「パルムノン遺跡」。
こちらでは本当に僧侶の地位が高い。

さらに国境を北上。
ウボンラチャタニを南下したカンボジアとの国境の位置にある『カオ・プラヴィーハン』。
この遺跡はその規模から壮観から、『クメールの幻の大遺跡』と呼ばれ、地雷などの危険が取り除かれ、観光地としての設備が整備されれば世界遺産認定も夢ではないと考えられています。
これはその入り口。
入り口から頂上部への全長は約1、000m、そしてその標高差は約400m。
そこまでは長い長い階段と、クメール式の門、遺跡が連なる。
少しのお金を払えば、一緒に登ってくれるカンボジア人のガイドがつけられます。
ただ、ほとんどが子供で説明をしてくれるかは怪しい。
そして、この遺跡には未だタイとカンボジアの戦争の跡が生々しく残っています・・・

頂上部へと続く階段の横へ、ふと目をやれば「赤いドクロの立て札」。
現地語で書かれた「地雷」「危険」の文字。
そう、ここはまさにタイとカンボジアの国境の遺跡です。
そのため、ここを要塞として立て篭もったポルポト派は、守備戦略としてこの遺跡全体に地雷をばら撒きました。
石の部分を除く、大地にはまだ戦争の負の遺産地雷が、そこかしこに埋まっているのです。

柱や、壁には素晴らしいクメール装飾がしてあるのですが・・・壁の石窟装飾には多くの銃痕が残っています。
無残にも戦争による砲撃で崩れてしまった遺跡もありました。
ですが、現在徐々に修復中とのことです。

最頂部から見えるカンボジアの森。
こんな高い山頂によく、こんな巨大な石造遺跡をつくることができたんだろう・・・どうやって運んだんだろう。
遺跡の裏手にはすぐ切り立った崖があり、立つだけで足がすくみますが、ここから遠くアンコールワットまでも拡がるカンボジアの大地には心が表れます。
日本、タイ、国に関わらず山岳信仰というのは尊いものだと感じさせられました。

そのため、「地雷原?立ち入り禁止」の立て札が数多く立っていました。
この立て札をロープを越えて、一歩踏み入ればそこにはまだ対人地雷が残っているのです。
タイ、カンボジアの軍により、遺跡内の地雷原を除去作業中とのことでした。

途中の道から見た山頂部。

レストハウスで昼食をとっているときに、そのすぐそばの花壇で草花の根元に埋まっていて、偶然にも発見された小さな不発弾・・・「危なかった。
」

同行した専門家によれば、数年前にも、中央部に見える丸い円柱の付近に踏み入ったひとりのタイ地元民が地雷を踏んでしまい片足を失ってしまったとのことでした。
ここは観光地でありながら、一歩踏み込んだ先には非常な危険が隣り合わせの場所なのです。

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